純正律ピアノ聞いたときのこと、数学する音楽

違いが分かるだろうか
そう思いながら聞きにいった

純正律ピアノでの
パッヘルベル カノン。

耳に自信は無いのです。

分からなかったらショック…
そう思いながらひとたび聞けば

一目瞭然…ならぬ、一聞瞭然
明らかに違いました。

 

クリア。

 

ふだん、平均律ピアノを聞いているとき。

・あ゛ぁ゛〜濁っている〜
・音の “うねり” が気になる〜〜・・・

いちいちこう思っている訳ではありません。
でも、純正律ピアノは明らかに違う、とにかく響きが整っている。

例えるならば…

何日かネット断ちして、自然のなかでリラックスして粗食して、透き通るような心と体になったときのような。家中をきれ〜いに掃除して、気に止むこともなくスッキリとしたときのような音

純正律の音楽をずっと聞いていたら、平均律はもう聞けないかもとも思いました(だけれど、平均律ばかり聞いていたらそれには気づく術もなし。

こちらも例えるならば、化学調味料のない自然な味に慣れてしまうと、それらの不自然さがニオイや食べた香った瞬間すぐに分かってしまうときのような。

(そうしてこれらの感覚は、”慣れ” を使って麻痺させるのはとても簡単な気もします。そういう意味で、ふだんからあらゆるものの「本物」に触れ続けることは審美眼を磨く一番の方法、と言われているのも分かる気がする。キッチュなコピーは便利で可愛いけれど、時と場合と頻度の問題?Always常にいつもそれでは感覚は退化する一方なような。

 

平均律はとても便利だけれど
すべての音程が少しずつ狂っている。
オクターブを除く

純正律はある調しか弾けずに不便だけれど
和音は非常にクリアで美しい。
4和音以上を除く

(何やらいまの社会、の縮図を
垣間みるような見ないような…)

 

私の好きなエンヤの音楽、名門校のアカペラ聖歌の美しかったこと。

調弦楽器なら、純正律や周波数も自分で調性できるのか…というのは、弦楽器(胡弓)を始めてみたいと思った理由でもあります(最も、耳が育ってないことにはアレという恐ろしい一面もありますが…)。

調性や響きを深めればすぐ、数学。
その度、音楽は数学だなぁと思います。

理系は苦手でしたが、数学的美学(?)の本を幾つかよみ、”算数”ではなく数学への興味は深まりました(教科書には数学と書かれていても、私が学生時代に取り組んでいたのはずっと”算数” でしかなかったなぁ…。真の数学者はとても美学者?)。

音楽にまつわる数学アレコレ
完全に消化しきれていない

だけれど数学や音楽の美しさ
しかと理解はできておらずとも

なんとなくやはり、そこには
美しさがあるなぁと感じるのです。

 

生の音が好きではありますが、そんなこんなで。

いちいち調ごと純正律設定のできる88鍵の電子ピアノがほしい、密かに…!!(さらにHz変更機能もあれば、面白い…)

 

 

余談。。。

「平均律」と日本訳されてはいるバッハの平均律(クラヴィーア)。
原文だと平均律に対応する言葉はなく「よく調律されたクラヴィア曲集」。むしろバッハは平均律を嫌っていたという情報も。

平均律以外の「平均律クラヴィーア」もとてもとても、美しそうな。。。そして私がバッハの良さに初めて気づいたはインベンションを最初に開いてから10年以上あとのこと。。。

あぁ今回も、話散り散り、神のまにまに。。。

音楽雑記

Posted by madu