楽譜のカタチ:知識と技術と名人芸と…

前の記事のつづきです。

ふと思ったことをつらつらと…

楽譜のカタチ

(参考:前記事)
>>扇川沿いの “鉄琴”

この ”鉄琴” の演奏方法は
歩きながら順番にパイプを叩くだけ。

楽譜知識も音楽知識も経験も不要
とてもシンプルなものでした。

なのに私は最初、意味が分からず
演奏方法にすこし戸惑ったのです。

「普通はこう」の先入観

その原因は、「普通はこう」の先入観。

(アインシュタインは「常識とは十八歳までに身につけた偏見のコレクションのこと」という言葉を残しているそうですが、これはなかなか好きな言葉。)

というのも、私は五線譜出身者。

西洋音楽であるピアノを長く続けてきたため、こういった鍵盤らしきものを見て、無意識にこう解釈してしまったのです。

同じ音のパイプはひとつ(なはず)

この大前提を確固たるものとして持っていたので、なぜこんなにパイプがあるのだろうと…

「ほ ほ ほーたるこい」

この↑「ほ」は全部同じ音だから、同じパイプを繰り返し叩く。すると次の音からメロディにならない…。これは一体、どう演奏するものなのだ…??

(何なら、同じ音である「こい」の部分は最初のパイプに戻り叩こうとする。これだとパイプの数は少なくてすみますが、楽譜が頭に入ってないと演奏できない)。

すこし触って解決しましたが、一瞬迷ってしまいました(説明が分かりづらい…)。

学ぶことで見えなくなるもの

10代後半、楽譜は五線譜だけではないことを知りました。

お琴や三味線の集中講座では、漢字を使った縦書きの楽譜も使いましたが、固定概念とはなかなかに。

見えないほどに「当たり前」。
それほどの「大前提」。

それらはときに、視界を曇らせる。知識は半面、諸刃の刃。学んだからこそ見えない感じられなくなる部分も、反対側にはあるのだろうな。

(何も知らない子どもの方が、本質を突いた質問をすることがあるのに似ているような。そして、それら技術や知識をしかと踏襲したうえ、知識技術の域をスっと抜けるのが真の名人芸と思っている、勝手解釈)。

地球は丸いといったら大変なことになった。
そんな事は現代もきっと、気づかれないまま大きく小さく。たくさんあるのだろうなと思います。

柔軟にシンプルに、素直に物事を直視したいなと思いつつ。。。

音楽雑記

Posted by madu